東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)174号 判決
一、本件の特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。タウンゼントカムおよび八字カムが原告主張のようなカム装置であり、いずれも本件特許出願前公知であつたことは、被告の明らかに争わないところであるから自白したものとみなす。
二、前述の本件特許発明の要旨および成立に争いがない甲第三号証によれば、本件特許発明のメリヤス編成機は、ほぼ<省略>形のカム路5の平面的にみて上方に、左右対称の弧状カム路6、6´を連通させ、両カム路の中間にある左右の島7、7´の腹背両面のいずれかにより、編針の突片Aが上昇または下降運動を与えられ、全体として横8字形のカム路(編針突片の通路)を形成したものであることが認められる(別紙図面(一)参照)。そうだとすると、前記左右の島7、7´は八字カムのあこべ山(八字山)と同じ作用を営むといえるが、前記のカム路全体がタウンゼントカムのほぼ<省略>形の編針突片の通路に相当するといえるかどうかは疑問である。そればかりでなく、本件特許発明の要旨と前記甲号証によれば次の事実が認められる。本件特許発明は、前認定のように左右の島7、7´を介して<省略>形カム路5と弧状カム路6、6´を連通させることのほかに、(1)左右の島7、7´の上辺両端に平時左右の弧状カム路6、6´の口を閉塞して外方(カム路導入口8、8´の方向)に向つてのみ押し開きできるようにした撥条板10、10´を配置し、(2)<省略>形カム路5の中央下部に、左右の島7、7´の内側尖端に接して<省略>形カム路5の中央を左右交互に閉塞する弁11の一端を枢支することを要件とする。そして、この(1)、(2)の構成の組合せにより、カム板Bの左右への運動に伴い、編針の突片Aを前認定の横8字形のカム路に正確に誘導することが可能になる。これに対して、成立に争いがない甲第六号証、第九号証によれば、前述の八字カムの具体例を示した別紙図面(二)C図および引用例には、前記(1)、(2)の構成は示されていないことが明らかである。そして、このほかに前述の八字カムにおいて前記(1)、(2)の構成が本件特許出願前公知であつたことを認めるに足りる証拠はない。
そうだとすると、本件特許発明は、タウンゼントカムおよび八字カムに基づいて当業者が容易に推考できるものではないと認めるのが相当である。したがつて、原告の(一)の主張は採用することができない。
三、原告は、本件特許発明のメリヤス編機は、編針の突片が左右の島および撥条板に激突するため実施不可能であると主張する。しかし、左右の島7、7´の形状については何も限定がなく、撥条板10、10´、弁11の位置、機能については前記(1)、(2)のとおりの限定があることに照らして考えれば、特段の事情の認められない限り、当業者ならば、編針の突片Aが左右の島7、7´および撥条板10、10´に衝突することがないように、これらを設計することができると認めるのが相当である。
また、本件特許発明の要旨および前記甲号証によれば、本件特許発明は、左右の島の上方内側方に平時弧状カム路6、6´を閉塞し外方(カム路導入口8、8´の方向)に向つてのみ押し開きできるようにした撥条板9を配置することもその要件とすることが認められる。ところで、この撥条板9が編針の突片Aを前認定の横8字形のカム路に正確に誘導することとどのような関連があるのかは明らかでない。しかし、この撥条板9も、その位置、機能が前認定のとおり限定されていることに照らして考えれば、特段の事情の認められない限り、当業者ならば編針の突片Aがこれに衝突することがないようにこれを設計することができると認めるのが相当である。
ところで、原告が作成したものであることが当事者間に争いがない甲第八号証の一の第三図AおよびBには、編針の突片が本件特許発明の左右の島7、7´に相当する島7、7´撥条板10、10´、11、に相当する撥条板A、A´、B、弁11に相当する閉塞弁に衝突する態様が示されていることがうかがわれる。しかし同図の撥条板A、A´、Bおよび閉塞弁が前認定の(1)、(2)に限定された機能を有するように設計されているとは認められないので、同号証によつては原告の主張を肯認することができない。そして、このほかに前記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
次に原告は、本件特許発明のメリヤス編機は度目調整装置および編針の突片の休止通路を設けることができない構造であるから実施不能であると主張する。そして、前記甲第三号証によれば、本件特許の明細書の発明の詳細なる説明の項および図面には、これらの装置を設けることが示されていないことが明らかである。しかし、明細書の発明の詳細なる説明の項および図面は、特許請求の範囲記載の発明のもつ技術思想を当業者が容易に実施できる程度に記載すべきものであるから、その発明の課題と直接関連のない附随的技術事項についてはその記載を省略して差支えない。そして、本件特許発明がカム路の構成に関する発明であることは、その要旨に照らし明らかであるから、これと直接関連のない前記各装置については、明細書および図面にその記載を省略したものと認めるのが相当である。そうだとすると、明細書および図面にその記載がないからといつて、本件特許発明のメリヤス編成機がこれらの各装置を設けることができない構造であると認めることはできない。そして、このほかに原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
したがつて、原告の(二)の主張は採用することができない。
四、本件特許発明は被告岩見千代磨を発明者として特許出願されたことは当事者間に争いがないところ、同被告が本件特許発明の発明者でないことは、成立に争いがない甲第一二号証によつてはこれを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがつて、原告の(三)の主張は採用の限りではない。
五、以上のとおり、審決には原告主張の違法はないから、原告の請求を失当として棄却する。
〔編註その一〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。
多数の編針を配列した台板上に摺動自在に配置したカム板に設けたほぼ<省略>形のカム路によつて編針を前後に誘導するようにしたものにおいて、平面的にみて前記<省略>形カム路の上方に左右対称的に島を有するほぼ横8字形のカム路を形成し、その左右の島の上辺両端に平時左右の弧状カム路の口を閉塞して外方に向つてのみ押し開きできるようにした撥条板と上辺内側方に平時弧状カム路を閉塞し外方に向つてのみ押し開きできるようにした撥条板を配置し、前記<省略>形カム路の中央部には交互に左右の島の内側尖端に接して<省略>形カムの中央を左右交互に閉塞するように弁の一端を枢支したことを特徴とするメリヤス編成機(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>